お釈迦さまのお説教
お釈迦さまが説かれたお説教のことをお経といいます。
今回は、最初にお釈迦さまが説かれた原始経典について考えます。
原始経典とは、数多の仏典のうち、お釈迦さま入滅後もっとも早い時期にまとめられた、お釈迦さまの教えを色濃く残す経典群をいいます。
「ニカーヤ」とは?
「ニカーヤ」という古代インドのパーリ語で書かれた原始経典は、海を渡ってスリランカや東南アジアへ伝わった。(南伝仏教)そのうち4つのニカーヤはシルクロード経由の北伝経路によって中国に伝わり漢訳されて「阿含(あごん)経(きょう)」となっています。
後になって編纂されました。
クッダカ・ニカーヤ(小部)は北伝経路には乗らず一部しか漢訳されなかませんでしたが、個性的な15の経典から成り、最古の経典「スッタニパータ」など重要なものが含まれています。
古いお経
ニカーヤに含まれているたくさんのお経は、今あるすべてのお経の中でもとくに古いものばかりなので、とても重要ですが、中でも「スッタニパータ」というお経は一番古いものです。
もう一段階新しいものに「ダンマパダ」があり、内容がわかりやすく具体的で、多くの人たちに影響を与えてきました。
この「ダンマパダ」の「ダンマ」はパーリ語で「法」「真理」を意味し、「パダ」は「言葉」という意味で「ダンマ」+「パダ」で“真理の言葉“という意味になります。
日本では「法句経」という名で知られています。
お経の意味は?
内容は、仏教に従って生きる者の基本的な心構えを示したもので、423の詩句が26の分類に沿って編まれています。
例えば、
他人の間違いに目を向けるな。
他人がした事、しなかった事に目を向けるな。
ただ、自分がやった事、やらなかった事だけを見つめよ。(50)
怒らないことによって怒りに打ち勝て。
善いことによって善からぬことに打ち勝て。
布施することによって物惜しみに打ち勝て。
真実によって嘘つきに打ち勝て。(223)
日本の仏教はニカーヤよりもずっと後にできた別のお経(大乗仏教のさまざまなお経)をもとにしているため、ニカーヤを重視せず、日本人がニカーヤの教えに触れる機会はほとんどありませんでした。
日本人が「ダンマパダ」などのニカーヤ経典に注目するようになったのは明治以降のことです。
若き日のブッタが、老・病・死の苦しみを知り、この世が「一切(いっさい)皆(かい)苦(く)」であることを体感した。
自分の身に起こること、身の回りにあるものはすべて苦しみ以外の何物でもない。
人が生きるということは、苦を背負って日々を過ごすこと。
そのことに気が付かず、毎日楽しく暮らしている人はそれで少しも構わないが、いったんその事実を体感した人は、もはやその苦悩から解放されることがない。
一度はまったら容易に抜け出せない泥沼のような苦しみ。
「一切皆苦」とは、そのような苦しみであるという。
もし、そのような苦しい世界であっても、どこかに心優しい救済者がいて、私たちに救いの手をさしのべてくれるというのならありがたいことです。
しかしブッタは、この世界をしっかり観察した結果「そういう救済者はどこにもいない」と確信しました。
この世は原因と結果の因果則によって粛々と動いているだけであって、不可思議な力を持った救済者など、どこにもいないと見抜いたのです。
ですから我々の苦しみは単に「老・病・死と離れることのできない苦しみ」なのではなく「老・病・死と離れることができず、そのうえ誰にも救ってもらうことのできない苦しみ」だというのです。
そして、さらにもう一段、苦しみの上乗せがあります。
それは、輪廻思想です。何度死んでも何度生きても苦しみは続き、けっしてそれを終わらせることができない。
お釈迦さまが目指したものとは?
お釈迦さまが目指したのは、そのような絶対的な苦悩の中で生きる私たちが、それでも心に平安を保ち、安穏な人生を歩んで行くにはどうしたらよいか、というその一点にあります。
お釈迦さまはこう考えました。
その原因は私たちの心にある。
私たちの心が作り出すさまざまな悪心・悪行がエネルギー源となって輪廻が続くのだ。
したがって、輪廻を停止させ、永遠に変化しない絶対安穏な状態になるためには、私たち自身の心の中にある悪い要素(これを煩悩(ぼんのう)という)を断ち切ること、これこそが、一切皆苦のこの世界で真の幸福を手に入れる唯一の道だと。
「ダンマパダ」の中に「因果関係によって作り出されたすべてのものは苦である」(一切皆苦)と智慧(ちえ)(知識や教養ではなく、ものごとを正しくとらえる力のこと)によって見る時、人は苦しみを厭(いと)い離れる。
これが、人が清らかになるための道である。(278)
と説かれています。
原始仏教典に触れる
多くの大乗仏教典は、仏さまの救済について書かれています。
救済の教えを大切ですが、私たちがどう生きるべきなのか、真理について、お釈迦さまの思いを学ぶことも大切ではないでしょうか?
機会があれば、原始仏教典を読まれることを、お勧めします。